金のシャチホコの金の量はどれくらい?

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名古屋城の天守閣に輝く「金のシャチホコ」は、名古屋市の象徴的な存在です。その見た目から「どれほどの金が使われているのか」と疑問を持つ人も多いでしょう。
この記事では、最新の公式資料や史料をもとに、金のシャチホコに使われた金の量を検証し、その重量や推定価値を詳しく解説します。

金のシャチホコの金の量はどれくらい?

金のシャチホコは1959年の復元で制作された現在のものは、一対あわせて約88kgの18金が使われており、純金換算では約66kgに相当します。まずは、この金の総量について概観します。

金のシャチホコに使われている金の総量

名古屋城の金のシャチホコは雄(北側)と雌(南側)の一対で構成されており、再建当時に使われた18金の合計は約88kgです。18金は純度75%の金ですので、純金換算では約66kgになります。この金の延べ板による金積装飾が一対で約88kgという値が公式資料で示されています。

金量を純金換算する方法

18金は純度75%ですので、18金の重量から純金重量を求めるには0.75倍します。例えば現行のシャチホコで「約88kgの18金」という表記は、実際には約66kgの純金分に相当します。金価換算や評価を行う際には、この純金相当量で考えることが重要です。

金のシャチホコの構造と重量

金のシャチホコの金の量を理解するには、まずその構造と全体の重量にも触れておく必要があります。シャチホコは巨大な装飾品であり、本体の大部分は木材や銅板でできているため、金(延べ板)自体はその一部にとどまります。

金のシャチホコの大きさと重量

金のシャチホコのサイズはかなり大きく、雄は高さ約2.57m、雌は約2.51mと伝えられています。雄シャチホコの体長は約1.92m、雌は約1.83m程度です。重量は資料に具体的な記載は少ないものの、全体としては数百キロ単位と推定されます(ある学習資料では一対で約1.2トンとも言われています)。しかし、このうち金が占める重量は前述の通り一対で約88kgに過ぎず、残りは芯材の木材や鉛板、銅の鱗(うろこ)部分です。

内部構造と素材

金のシャチホコは木を組み合わせた寄木造を基本とし、芯木の上に鉛板を張り、その上から鱗型に加工した銅板を張り付けて形を作ります。その銅板に金の延べ板をはり付けることで黄金の輝きが表現されています。使用された金は「慶長小判」で換算すると1万7,975枚分に相当し、これは純金で約215.3kgといわれる量ですが、江戸期の度重なる改鋳(後述)で実際の純度は下がっています。構造上、シャチホコ全体の重量は木材や銅板部分が大半で、金の部分は外装に当たります。

史料が語る金のシャチホコの金の使用量

金のシャチホコに使われた金の量は、時代とともに大きく変化してきました。名古屋城の歴史資料によれば、初期の金鯱(1612年竣工時)から空襲後の再建に至るまで、金の使用量には次のような変遷があります。

1612年創建当初の金量

慶長17年(1612年)に名古屋城天守が完成した際、金のシャチホコ一対には慶長小判1万7,975枚分に相当する金が使われていたと伝えられています。当時の換算では純金で約215.3kgです。当時の金相場で現在の価値に換算すると、およそ28億円にも相当する量でした。

江戸時代の改鋳による変化

江戸時代、尾張藩が財政難に陥ると、享保15年(1730年)、文政10年(1827年)、弘化3年(1846年)の3度にわたり金のシャチホコが改鋳(溶かして作り直し)されました。これは金鯱のウロコなどに使われていた金を取り出して藩の資金に充てるためで、結果として金鯱に使用される金の純量は徐々に減少していきました。この改鋳によって純度は下がっても、城を装飾する金の量そのものが大幅に削減されました。

1959年再建時の金量

昭和20年(1945年)の空襲で旧天守閣は焼失し、金のシャチホコも燃え尽きました。残骸の金塊は終戦後に回収され、一度は外郭装飾や名古屋市旗の冠頭などに加工されました。その後、昭和34年(1959年)に名古屋城天守が再建される際に新たな金のシャチホコが制作されました。この際、金の延べ板は一対で約88kg(18金)使用され、これが現在の金シャチホコの金の総量です。

金のシャチホコの金の推定価値

金のシャチホコに使われた金には経済的な価値も伴います。ここでは、現在の金相場での概算価値と、歴史的資料から読み解く価値、および他の金装飾との比較について解説します。

現在の金相場から算出する価値

現在の金相場は1グラムあたり約1万3千円前後(2024年時点)です。金のシャチホコに含まれる純金約66kg(66,000g)をこの相場で換算すると、概算で約8億6千万円になります。また、18金の総量である88kg(88,000g)で計算すると約11億4千万円となり、このオーダーが現在の金鯱に使われた金の経済的価値の目安です。

歴史資料から読み解く価値

歴史資料から当時の価値を考えると、初期に使われた純金約215.3kgは、現代の金相場で約28億円と評価されます。江戸時代の改鋳で金が減った後でも、取り出された金の純量はかなりの額に相当したことが推測できます。一方、現在の金鯱(純金換算約66kg)に関しては、前述のように金相場から見積もると10億円程度の価値があります。当時の貨幣価値換算では膨大な金額になったことから、金鯱は名古屋城が保持する究極の財産ともいえる存在でした。

他の金装飾物との比較

金のシャチホコという名の金装飾物は他の城にもありますが、実態は異なります。大阪城天守(平成8年再建)の金のシャチホコは青銅製の鋳物に金箔を貼ったもので、金箔を三重に貼り付けた部品が約3,360枚使用されています。また、岡山城(昭和41年再建)でも金の鯱は金箔張りであり、1966年再建時に設置され、1996年に金箔を張り替えたものです。これらは金の量としてはわずかであり、名古屋城の金鯱のように大量の金を素材として使っているわけではありません。下表は主な城の金シャチホコの特徴を比較したものです。

城名 金シャチホコの特徴 金の使用量
名古屋城 18金製の本物(一対) 約88kg(18金延べ板)
大阪城 青銅製鋳物に金箔貼付(1996年復元) 金箔 約3,360枚(重量微小)
岡山城 金箔覆い(1966年再建、1996年張替) 金箔使用(重量微小)
その他城 金箔装飾が一般的 金量はごくわずか

まとめ

名古屋城の金のシャチホコは現在、18金板でおよそ一対合計約88kgが使われています。これは純金に換算すると約66kgに相当し、現在の金相場では10億円前後の価値です。歴史的には1612年の創建当初に215.3kgもの純金が使われており、当時の価値で数十億円規模の豪華な装飾でした。その後の改鋳や戦災で金の量は減りましたが、名古屋城の金鯱は全国で唯一、実物の金をたっぷり使ったシンボルとして知られています。

金のシャチホコは名古屋市民だけでなく訪れる人々の目を惹く存在です。最新の資料から見ても、その金の量や価値は非常に大きく、歴史的にも重要な文化財であることがうかがえます。

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